2000年 プロ選手になりたくて8年勤めたトヨタ自動車を退社し渡米しました。
そして5年越しにテキサスのプロチームと契約をし選手として3ヶ月のシーズンを過ごしました。
試合は公式戦だけで50試合、そして練習試合や講習会、忙しい3ヶ月でした。
当然、そこまでの道のりは英語を学んだり、悩んだり平坦な道のりではありませんでした。
ただソフトボールの選手として契約をし、当然ですが契約金を頂きプレーする事の喜び。
毎月小切手が送られてくる、プロ選手になれたと実感した事を覚えています。
私の履歴書を見たあるチームのオーナーから、
「選考会を行うのですがラスベガスに来れますか?」と連絡を頂き
選考会前日、選考会の会場では無くヒルトンホテルのレストランでオーナー、監督と会い
「うちのチームでプレーしませんか?」と
オファーを頂いた訳です。(^^)
その時の緊張90%と喜び10%・・・・・
何とも言葉に表現しずらい・・・・感情。
勉強してなんとなくでも理解できていた英語でもやはり今の何倍も聞き取れず、しゃべれずでしたのでオーナーからのオファーがまず信じられず、半信半疑で何度も自分の言葉で聞きなおし、自分の理解が合っているのかを確認していた事を覚えています。
オファーをもらい当然その場で即返事、契約書を見せて頂きました。
喜びを感じたのはホテルに戻り契約書を改めて見直した時「実感」と共に喜びました。
でも本当の本当に実感し、喜びを感じたのは
初戦当日、ユニフォームを着て、名前を呼ばれ、皆と整列をし、アメリカの国歌を聞いた時
シーズン中、私達が住んでいたのはチームメートほぼ全員(地元の選手以外)
テキサス、ヒューストンのダウンタウン、マリオットホテル長期滞在者用のコンドミニアムスタイルのお部屋(2ベットルーム、リビング、キッチン)にルームメートと2人で住んでいました。
もちろんホテル代はチーム持ちです。
1週間に1回はハウスキーパーさんが掃除してくれて毎日新しいタオルを持ってきてくれる
他のチームは大学の寮を利用していたり、アパートを利用していたり
私のチームは住む場所に関しては快適だったな(^^)
食事はホテルで朝食バイキングを好きな時間に食べ、基本それ以外は各自でした、と言うのも試合が7時、4時にはグランドに行かなければならず、お昼は各自。
3時間からホテルのバーでスナックバーが出て、ホットドックやチップス、コロッケとか毎日それぞれ簡単な物がバイキング形式で一般のお客さんと自由に食べれたので3時にバイキングが開くのを待って、それを食べてから試合に行く事が多かったかな。
夜は食べたければ試合会場で・・・・
そんな感じでした。
ホテルからホームグランドまでの移動はチームメートの車で行っていました。
選手のほぼ全員が車を持ってきていましたので私はいつも誰かに乗せてもらっていました。
試合、サイン会が終わりグランドを出るのはいつも10時ごろ。
ユニフォームは試合終了後スタッフに渡して洗濯して頂いていましたが
その他Tシャツなどのチームのロゴの入った衣類での公共施設の出入りは禁じられていましたので常に 私服に着替えバー(クラブ)で食事をする事が多かったかな?
10時だとファーストフードしか無かったからね。
ホテルの近くに日本食レストランがあってそこのオーナー真紀子さんにはお世話になりました。
いつも閉店ギリギリとか、お弁当作っておいてもらったりとか(><)
アウェイゲームの時はホテルにバスが来たり、バンが来たり、時には選手同士で空港に行き
当然飛行機でチーム全員での移動!!
到着したらバスかレンタカーでホテルに!!
時にリムジンが手配される事もありました(笑)
まさか私達を迎えに来たとは思わず、横付けされたリムジンを見てスタッフが「乗って~!」と指示した瞬間、一瞬言葉を失い「リムジンって・・・・」てチームメートと大笑いした記憶があります。
またそのリムジンの台数が少なくて、リムジンにギューギューで(++)
優雅に!なぁんて言葉はこれっぽっちも当てはまらない移動(><)
外見は優雅な高級リムジン・・・・だったけどね。
後で聞いたらスタッフの予約ミスだった、なぁんて事もありました。
翌日からの試合はホテルから試合会場までレンタカーで移動。
私が在籍していたチームは本当に若いチームでレンタカーって24歳?25歳以上は保険が高いんだよね!だから当然経費削減!25歳以上の選手が無条件で運転手!
はい、当然私も。
しかも4台のレンタカーのうち3名の運転手が投手でした(笑)
食事は各車それぞれ好きな物を食べに皆で行ってました。
渡米して5年目にしてプロになった訳ですが。。。。大変だったのはビザの取得。
今はわかりませんがその当時海外の選手はほとんどおらず・・・・・
ビザの取得を保障してくれませんでした(><)
契約書にサインをした後、それを元に弁護士さんにお願いし
プロとして正式にプレーできるビザを取得しました。
その当時は弁護代、申請費などなど未知の世界で
しかも契約がもらえビザ取得まで時間が無かったので
もしかしたら必要以上にお金がかかったかもしれません。
でも、それも勉強!ちゃんとビザも取得できプレーをする事が出来ました。
一言で言えば「大変」だった3ヶ月・・・・
オーナーから連絡をもらってからを入れれば半年、それ以上あったでしょうか?
すべてが良い経験でした。
残念ながら私の所属していたチームは経営難の為売りに出され・・・今はもう存在していませんが・・・・
色んな意味で今の私の『自信』になっているのは事実です。
でも・・・・・これを読みながら皆さん
何で今頃そんな話するんだ? と少し不思議に思っている方がいるかも知れません。
実は、日本に居る知り合いからこんな資料が送られて来ました。
(写真でしか掲載できませんでしたので拡大して見てください)
今月のソフトボールマガジンの記事です(><)
内容すべてを読むと、私自身がプレーしたリーグ(NPF)の事を言っているのは間違いありません。
この募集をかけた方が何を意図とされているかはわかりません
ですが・・・・
この募集内容、私の読み違いや、勘違いでなければ、一人あたり滞在費用推定額200万円(><)で募集がかかっています。その内訳には保険は入っておらず、ビザの事にも何も触れていません。
最初にお話した通り、プロ契約です。プロ選手として契約金を頂きプレーをしました。ビザの取得の為に少しお金はかかりましたが、それ以外は一切費用はかかっていません。(プライベートの食事など以外は)
アメリカのプロでプレーする事を夢見ている選手は沢山います。私の所にも何人もの選手が本気だったり、ちょっと興味があったり・・・・プロの事を聞きに来ます。もちろんそれ以外の選手でもプロで!アメリカで!そう思ってる選手はきっと沢山居るでしょう・・・・
そんな選手の皆さん! もしあなた方が目指しているのが『プロ』であれば・・・・
日本人選手として、一人のソフトボール選手として
『プライド!』
忘れないでくださいね!!!
メジャーリーグや日本のプロ野球と比べれば契約金は天と地の様な差の女子のプロリーグ、ですがプロである事は何ら変わりありません。 想像してみて下さい、ニューヨークヤンキースが『メジャー参戦のチャンス!滞在費用推定額##千万円』なんて・・・・あったら逆にびっくりですよね!(笑)
募集参加は止める権利も何もありません、でも一言・・・・気をつけて下さいね!
私のプロの様子はWonderful World2でも書いてありますので興味がある方は是非!
No comments:
Post a Comment